【第5期】開校式・交流懇親パーティ

speaker:明石康(元国連事務次長)、塩谷立(元文科大臣)

date & place:2010.4.16 東京銀座資生堂ビル9階にて


スタートダッシュをきるこの日が、いかようなる善し悪しの判断することによって、1年間踏破できるかいなかの基準をここで見つけることが可能になってくる。そうでないと続かないぞ。きょうの意思表示のビヘイビアが、来年2月まで継続できうるエネルギー、キャッチアップできるヤツとできないヤツの差。三ヶ月か半年くらいででてくる。だから、この瞬間。ものすごい大事にしてほしい。今日おこしいただいた先生方のウェルカムスピーチをきいて、なんらかの新しい発見をしてほしい。 では、塩谷先生からウェルカムスピーチをお願いします。

開講のご挨拶——塩谷立——

みなさん、こんばんは。ただいま紹介を賜りました衆議院議員の塩谷と申します。昨年1年間、文部科学大臣を勤めていました。山本先生とは学生のときからの付き合いで、30数年来になります。初めてあったのは、海外でした。いまも、あの当時と全然変わっていらっしゃいませんね。エネルギーをもって日本のグローバル化に非常に注力されている。
本当の意味でのグローバル化、この1年大きく転換したんではないでしょうか。かつて、日本は海外に出て商売、人間関係や外交をやってきました。資源のない我が国は、一国だけでは生きていけません。企業が海外で頑張ることで、今日のGDPを築き上げてきたんですね。その結果、すばらしい発展をとげました。が、これまで数多くの企業は内需である程度まかなってきた。もちろん、自動車産業を筆頭に海外にでてビジネスを広げていった企業もあります。が、なんだかんだいっても多くの企業が内需で潤っていた。だけど、もうそういう時代でない。国内だけでは成り立っていけない。じゃあどこを目指すか——やっぱりアジアでしょう。
これから5年、10年間かけて中国やインドのマーケットが拓ける。ここをしっかりとおさえていくことが必要である。そういう時期を迎えているにもかかわらず、やはり、問題があるわけです。

留学生に関する問題:

わたしたちの時代はとにかく「海外に出よう!」「外に出たい!」という気持ちがだれにもあった。遊びでも勉強でも仕事でも、かつてはエコノミックアニマルと呼ばれてでも、とにかく自分の製品を売りに世界中を歩いたわけですね。ところがいまはどうか。このあいだ、東大の総長とあって話をしたんですが、ハーバードにいく日本人留学生が年に1人か2人。一方で中国、韓国、インドはたくさん学生を送り出している。
受け入れる方もまだまだすくない。留学生30万人計画をやっている。東大だと2500人くらい、院生が2000人で学部生が500人。もっともっと留学生に来てほしいんですが、なかなかやってこない。英語だけでやる授業をもっと増やさんといかんということで、グローバル30という拠点校をつくっているわけですが、英語の授業は東大でもハーバードでもある。じゃあどっちにするの?ときくと、やっぱり「ハーバード」となっちゃう。そこには、日本の文化とかが加味されないと、魅力がないと来ないわけですね。しかもハーバードは、奨学金をたっぷりだすんです。日本はどうするのか。大変おおきな課題だとおもいます。

海外進出に関する問題:

トヨタなどの大企業でなくて、生活用品をつくる産業でも世界に販路を見つけなきゃいかん。にもかかわらず、駐在員を募るとだれも手をあげない。手をあげても帰ってきたらポストがない。研究員も同じですね。逆にしろ、と。海外に行っていろいろと経験した人をつかおうという仕組みに変えないと、日本はどんどん悪くなっちゃう。

今日来ているみなさんは、「そんなのは分かってるよ」とおもってここに来ているかとおもいますが、私はいま申し上げたことを危機感としてもっています。成長戦略や少子高齢化対策、政治的に取り組むべき事項はたくさんあります。いつか、みなさんから意見をもらう機会をいただければ、わたしも勉強になるとおもいます。いずれにしても、企業が海外でしっかりと活躍できるためのグローバル化、これを推進しなくてはならない。韓国の事例。リーマンショック以降に、産業ごとに企業数をしぼった。家電はSUMSONだけに、自動車は現代だけに、といった具合に。日本は自動車産業を例にとると何社もある。これでは成り立たなくなる時代なんだ、ということです。国内でお互いが競争をしていたんではダメだ、という時代が来たんです。 今回の不況だけでなくて、日本の産業構造、企業構造を本当の意味で変えていかないと、これから生き残れないでしょう。
政治の部分で負う責任もありますので、この新しい、難しい時代を迎えて、わたしも色々勉強させていただきたい。若いみなさんはおおいに、これからの日本をグローバルにしていくべく、この講座でいろんな勉強をしてください。おおいに頑張っていただいて、日本の将来にみなさんの力が活かされることを心から期待しまして、開講の挨拶とさせていただきます。頑張ってください!

ありがとうございました。もう一回先生に拍手を。

国連で世界中のためにご奉仕なさった先生の話を伺いながら、これからの世界でなにが大切なのか、なにをわたしたちがしなければならないのかをつかんでほしい。ものすごい経験豊富。ものすごい世界をまわっていらっしゃいます。現在も年齢を超えたポジションで活動されているというこの事実。頭の先から足の先までほとばしりでる熱いもの。ぜひ、感じ取ってほしいな。では、明石先生、お願いします。

開講のご挨拶——明石康——
みなさん、こんばんは。私の尊敬する山本学さんのご依頼で、みなさんに話をするようにとのことでした。私は若い人と話をするのが、若い人から質問を受けるのが大好きです。
今日はグローバル化に対する問題について、かなり乱暴な形になるかとおもいますが、私の思うところを自分自身のかなり長い体験・経験をもとに話をし、忌憚のないご質問・ご意見をいただきたい。できるだけ、話をスケッチ的に簡略化しますので、質問のときに細かい点を補足したいとおもいます。
まず、塩谷先生がおっしゃった通り、グローバル化というのは否定することも無視することもできない、世界的な兆候です。ITの時代ですから、日本の反対側にある出来事が我が国にもピンピンと響いてきますね。ハイチ、チリ、中国で起こった大地震、そういうのが我々にも響いてきます。こういう時代にすんでいることは大変しんどいことだとおもいます。自然災害のみならず、テロの脅威。9.11がアメリカを襲いましたが、似たようなテロがイギリス、フランスやロシアでもおきていますし、アジアでもパキスタンやアフガニスタンでおこっていることも承知の通りですね。

私自身が政府代表として政府側と反政府勢力との外交調停をしているスリランカ
では闘争がもう26年間にわたって続いています。これは本質的には民族紛争なんですが、(※1)仏教徒とのシンハラ人、ヒンズー教徒のタミール人、それからムスリム教徒で構成された三民族国家です。独立してから、それまで風下に立たされていたシンハラ人がシンハラ語を国語にしました。一方のタミール人は17%をしめているが、かれらは教育が進んでいた(※2)。そんなこともあり、「俺たちの時代がきた」ということでシンハラ人がえばりだした。タミール人は「少数民族だが、この国に貢献してきたんだぞ」と抗議運動をおこす。その結果、シンハラ語とタミール語が国語に、連結語として英語が選ばれました。しかし、度重なる闘争のなかからタミール人の極端な勢力が武力抵抗をおこして、インドからやってきた軍隊をやぶるくらいの陸海空の勢力をもつに至った。どうして、それが可能になったかというと海外に住んでいるタミール人がお金を送ったんです。そのお金で武器を買って政府に抵抗した。
今回は政府側も武力を強化して、昨年5月に反武装勢力を制覇して一応、平和になりました。が、武力の行使が行われていない、というのが真の平和ではありませんね。真の平和っていうのはやっぱり、人々が民族の差に関わらずお互いに分け隔てなく付き合う、という関係でないとだめなんです。そういった「民族の和解」という真の平和はスリランカにはきていないんですね。

※1
スリランカは他民族国家です。日本は単民族国家、これは世界的に少ない。お隣の中国やロシア、アメリカ、イギリス、フランスといった国々はたくさんの民族が住んでいます ※2
19Cのイギリス統治時代には、イギリス人は教育水準がすすんでいたタミール人を重用していたんです

スリランカの和平のために、ノルウェー、アメリカ、EUと我が国の4者でスリランカの和平のために活動をしてきました。あまり日本のやりかたは目立ちませんが、一番スリランカ全土にとってよいことをしたのではとおもいます。諸外国のように正面切って政府を批判したり、人権侵害を抗議するんじゃなくて、政府に寄り添う形で(※3)約8年支援をしてまいりました。一番経験があり、政府側、ムスリム、タミル系にも一目置かれる形で、公平な観点から日本は援助をやってきたとおもいます。中国は最近は、日本をこえて援助量が一番になりました。が、日本の援助は「質」では一番だとおもいます。やたらに目立つ建物を建てることがいいことではありません。人材の育成や技術援助(※4)など、民衆によりそった援助活動。これは日本らしい、将来も続けるべきだとおもいます。

※3
前回、大統領と3時間程かけて会談しました。膝を交えて親身になって「こういうところはおかしいんじゃないか」「こういうふうにやったほうがいいんじゃないか」と伝えると、わりと素直に聞いてくれるんですね。外からマスコミを通じて批判するというのは、必ずしも賢いやり方ではありません
※4
小さなダムを農村部にたくさんつくるとか、そういった積み重ねです

残念ながら、90年代に一時は世界1であったODAは、いまや世界で10番目くらいになりそうです。一時に比べて40%減。最近は景気が悪いので、いたしかたない点もあるとおもいます。ですが、軍事力で世界に貢献するのではない、いわゆるソフトパワー。国連のPKOに協力したり、自然災害時に緊急支援を即座に出す——こういった日本の国是、地味ながら親身になって世界に貢献する道を選んだ。この選択は間違ったことではないとおもいます。
最近は中国の台頭がいわれ、おそらく実質的な国民所得はすでに追いこされているのではないでしょうか。最近、韓国も非常に足がかるいですね。すばらしい進出の仕方で、大きな契約をベトナムその他でとっていますね。そういった状況を背に、日本はふんどしをひきしめて、もっともっと頑張らなきゃいけない。やれることもたくさんあります。が、どうも我が国は国内の問題に没頭していて、世界・アジアに目をむけらていない。世界・アジアがないと日本の経済、社会、文化が成り立たないということを忘れているようにおもうんですね。

みなさんのように若くて元気で、日本の未来を真剣に考えているひとたちに、もっと外を見てほしい。外を見ることは足下の問題を無視することではありません。国内の問題をみればみるほど、たとえば、国内経済の停滞を改善するためには外資を導入しないといけない。外資の導入では、日本は先進国で一番低いですね。低いといわれているアメリカに比べても低いくらい、それほど閉鎖的なんです。それから、企業にかける税金、国際規格に比べてあまりにも高すぎる。国内資本も外国資本もこのままだと外に逃げてしまいますう。民主党でさえも認めています。これは国際基準にあわさなければならない。このままではアジア諸国にいろんな点でおいこされてしまいます。科学技術や教育レベル、特許出願数では先にいっているものの、いまにもおいこされそうな実態があるわけです。

少子高齢化がすすんでいますが、私はやたらに悲観的になることはないと考えています。人口問題協議会会長をやっていて、過去2年間で専門家を集めて9回程研究会をやりました。2・3種間以内に、いくつか提言しようと考えています。たしかに、日本は女性の出生率は1.3ほどになりました。2.1くらいでないと人口は恒常的に保てないわけですね。私は、日本の人口を必ずしも今の水準を保つ必要はないと。ただ今の少子化の流れがすすむと、人口減少スパイラルにおちいって回復できなくなってしまう。出生率を1.7か1.8にまで回復し、もっと緩慢な形で人口減少を続けるならば、現在の生活水準を保ちながら、この国はいい形で国際競争力をもちながら振興できるとおもっています。そのためには、我が国だけのことを見ていてはいけない。少子高齢化に苦しんでいる国は、日本だけではありません。少なくとも、世界に15カ国程あります。おとなりの韓国、それから中国も10年後には苦しんでいます。シンガポール、香港や台湾。ヨーロッパだと、まっぷたつに割れている。西欧のフランスやスウェーデン、少子化の問題をほとんど解決しましたね。フランスの出生率は2.0、スウェーデンは1.8。なぜ達成できたのか。

1)女性の地位向上
女性の地位のよりいっそうの改善。こどもを生むから職場を離れても、乳離れになったときに復帰することが保証されている社会。育児休暇が男にも女にもかせられている育児制度。男女平等社会ですね。

2)高齢者の活用
高齢者でも働ける人にはいくらでも働いてもらう。個人差にあわせて、体力では若者にかなわずとも知力と経験を活かして働いてもらっている。老人力の活用です。

3)若年層の雇用支援
何よりも若者の力をもっと使うこと。若者はきちんとした仕事につき、ある程度の収入をえれば、ほとんどのひとが結婚やこどもをほしがる。若者が安心して家庭をもとうとおもえる社会を創る必要がある

教育をもっともっと大事にすること。ひとり一人の生産力をあげることで、たとえ人口が減っても国際的な競争力は保てるとおもいます。今年、経済の低迷で2割の学生の就職先が見つからないという現状がある。大学4年生になっても、大学院に進んでも、「じぶんがどの道に進んだらいいかわからない」という人がいるでしょう。私もその一人でした。やりたいことがいろいろあって、一つのことに自分を限定できなかったんですねえ。そういうひとって多いと思うんです。今日の記事にもこう書かれていました——人生をまっすぐ進む人もいるだろうけれど、多くのひとは回り道をする、と。道草をする、というのは決して無駄ではない。できるだけ長いこと道草をするひとこそが、最終的には賢明な知恵と経験をえて成功するのかもしれません。個々の人間をまったく同等に扱うのではなく、ひとり一人の能力や潜在的な可能性を磨くこと。この点においては日本はすばらしいものをもっています。この強みをもってますます競争が激しくなるグローバル社会に対峙してほしいとおもいます。

さきほど塩谷先生が、若者がアメリカの大学に留学をしなくなった現状を懸念されておられました。このあいだハーバードの総長が来日された際に話を伺うと、日本の学部生はハーバードに5人しかいない。一番アジアから来ている国はインド。それから、中国、韓国。日本はずっと下だっていうんです。なんで日本の学生が留学しないのか。察するに、海外留学することによる日本国内の自分の立ち位置——就職先とか——への懸念があるんでしょうか。

わたしは経団連によびかけています。みなさん若い人が外に出てあたらしい経験をするならば、きちんと評価されてしかるべきだ、と。安部内閣の福田官房長官のもとで座長をつとめた、国際平和協力懇談会の提言で私はこういいました。日本社会は海外でどんなにいい経験、いい仕事をしても、どんなに現地の人に感謝されて帰ってきても、日本では失業してしまうことが多い。海外青年協力隊でいって涙ぐましい努力をし、評価されてきても、路上に迷うことがある。こんな社会ではいけない、と。「日本社会には止り木が必要だ」と、福田さんも非常にこの提言に理解を示してくれました。その結果、内閣府国際平和協力本部のなかに特定研究員の制度がつくられた。10人くらいの研究員が2年間の限定付きで自分の好きな研究をし、多少の箔をつけてもらって、また海外に飛び出す、という制度です。

taken by かながわ地球市民メッセンジャーからのお便り
我が国には優れた点も、まだまだかえてほしい点も、たくさんあります。優れた点はプライドをもち、中国とか韓国にまけるという恐怖心をもつ必要は毛頭ありません。遅れている点は、もうたくさんありますから、いろんな同友の志を語らって、政治家にもお願いして、変えてもらう必要があります。残された時間はありません。ですから急速に、有効な形で行動に移す必要があるとおもいます。このGPもみなさんが問題をもちよって、共通した解決策を編み出すよい機会であるとおもいます。こんどは、みなさんから色々と切り込んでください。ご清聴、ありがとうございました。

質問:少子化以外の分野で「海外のここはみたほうがいいよ」とおもう事例があれば教えてください

ヨーロッパは人口問題はまっぷたつに割れていると申しあげました。西欧の一番先進的な国々はフランスが先頭であり、スウェーデン、ノルウェーその他がつづいていますけれども、これらの国々は人口問題をほぼ解決しました。フランスの場合、解決の秘訣は家族計画にあります。こどもを生む家庭にたいして、たっぷりとした手当をつける。徹底してますね。人口量で負けた普仏戦争のときの反省から、見事にかえたんですね。
解決していないのは南欧——イタリア、スペイン、ポルトガル。それから東欧——ロシア、ポーランド、ルーマニア、ハンガリー——人口増加率が「1」にも達していない。ポーランド、ハンガリーはEUに加盟したわけで、かなり社会経済が安定してくれば、ある程度、人口増加率は増えていくとおもいます。 こういったヨーロッパの現象をわたしたちは客観的にみて、評価し、分析して、学んでいけばいいんです。すべてを学ぶ必要なはないんです。
北欧諸国の人口増加のひとつの特徴は婚外児がおおい。つまり、結婚せずに同棲してこどもを生む。そんな形で、こどもがふえていく。日本だと2%、ふえていっているけれど。北欧は40%以上、フランスは20%くらいでしょうか。このパーセンテージをみて判断するのは間違いで、ヨーロッパでは、同棲してお互いにやっていける、家庭をつくる自信がある、その段階で法律にしたがって結婚し、こどもを認知する。すると婚外児が「婚外児」でなくなる。そういう制度をつくってます。 日本的な家族の微風をこわすのはよくない、というので婚外児にやたらに非寛容になるのは問題だとおもいます。この点ではドイツも、イタリアも悩んでいますね。日本と同じく家族を大事にし、伝統を重んじながら社会を自由にしていこうというジレンマをおってますから。しかしながら、いろいろな政策をミックスすることで問題を解決しようとしている、大人の態度をとっているんですね。我が国もこういった事例を勉強しながら、どしどし採用すべきです。

taken by Ti.mo
それから、移民。ある程度は移民を導入するべきだとおもいます。じつは、法務省で入国管理で移民を入れまいと努力してきた坂中英徳さんが、今後50年間で1000万人の移民を入れるべきだといった。1000万といっても、年間になおすと20万人、たいした数じゃないんです。まずは必要としている介護の専門家をフィリピンやインドから。教育研修所を訪ねましたが、ものすごく優秀ないい家庭の若い女性たちが、厳しい訓練をうけて、日本の看護士に匹敵するとも劣らない人がたくさんいる。なのに、日本人でもほとんど通らないような試験で、難しい漢字の医療用語を書けっていうんです。そうじゃなくて、必要最小限の日本語を学んでもらう必要はあるけれど、有資格者だったらどしどし入れるべきだとおもいます。インド人のIT技術者なんかは企業家が喉から手が出る程ほしがるわけですが、日本のような閉鎖的な社会にいきたくないよ、といわれてしまう。
21世紀に日本が生き抜くために、きちんとした社会的、教育的な施策・環境を整えたら、移民をもっと温かい気持ちで迎える。これが日本社会をより活性化するんだとおもいます。わたしはいくつかの大学で教えていますが、じつは留学生がはいってくるとクラスが活発になるんです。留学生は勉強しますし、日本人よりもいいペーパーを書きます。留学生と接し、切磋琢磨し、議論し、口角泡をとばしてやりあいながら、我々は成長し、競争力を身につけていくべきだとおもいます。

質問:シンガポールのように戦略的に海外からの労働者を受け入れている国がある。高度な人材については、手厚い制度を設けている。移民を受け入れる上での制度設計は非常に難しいと思うが、ご見解をお伺いしたいです

taken by chooyutshing
移民政策はその場しのぎではなく、長期的にひとり一人の国民が納得し、それぞれの地域がきちんと移民を受け入れられる体制を整えてあたらないと問題が出てくるとおもいます。例に挙げられたシンガポールは非常に合理的で計算をした上で行動する国です。小さい国であるがゆえに、ミスがゆるされないんですね。もちろん、学ぶべき点は学べばいいのですが、シンガポールは一つの都市国家。日本は大国ではないが中規模でもない、その宙ぶらりんです。だから、外交もうまくないし、経済もガラパゴス現象(※5)がおこる。日本国内では通用するけれど、日本という大きな市場で自己満足してしまって、海外に打って出ようというハングリー精神がかけてくるんですね。でも、やりかたはあるとおもいます。
移民に関しては、まず日本経済が必要としている看護士からはじめてITの技術者など、日本の国益に基づいた冷徹な分析をすべきだとおもいます。ニーズが高まっている現状はありますが、わたしは単純労働者の受け入れは問題だとおもっています。日本人がやりたがらない危険な汚い仕事だけを移民にやらせるというのは、教育のない移民をいれることになります。ひいては移民の排斥運動がおきかねません。ドイツは、トルコから大量の移民をうけいれて、経済が繁栄しているときはチヤホヤしたのに、うまくいかなくなった途端に「出て行け」というわけでしょ。ただ、その間にトルコ語ができないトルコ人子弟がドイツで育っているわけで、彼らに手厚い保護が必要になってきますよね。だから、移民問題は国家100年の計に基づいて、我々も選別的に冷徹に、長期的な方策で解決すべきだとおもいます。
解決策はあるとおもいます。日本人だけが閉鎖的な国民ではありません。日本人として、我々は色んな血を注入することによって、より逞しくなる。100%日本人というピュアな人種は存在しないんです。日本人とは民族なんですね。人種でないんです。民族というのは、文化的な観念ですよね。ブラジルから日系の労働者をいれた、というのは誤解に基づいているんだとおもいます。かれらの頭の中はブラジル人なんです。確かに日本人の血が混じっています。「血は何よりも濃し」とはいいますが、民族や文化の力の方が、血の力よりも強いんだと。その点を日本人は誤解しちゃいけないとおもいますよ。

※5
携帯電話がそうですよね。フィンランドのノキアは海外で生き残りをさがしてくるから、真剣さがちがいますね。NTTドコモが施策をかえつつありますが、やや遅きに失した感があります。

質問:香川県は昨年から、人口減少が始まって、植民をしている状況です。先日市民と議論した中で、解決の糸口は少子化対策と移民政策だ、となりました。2点お伺いしたいです。

1)海外で都市部と地方とで少子化対策をかえている事例はあるか
少子化対策、地方と都市でかかえる問題は違うと思う。たとえば、子育て支援。託児所、保育所は地方では無理に建設する必要はない、という議論がある。

2)どうすれば、日本が留学先・就労先として選んでもらえるか
ヨーロッパのように、移民は人口の1割程度までは受け入れるべきではないか、という議論だった。なかでも優秀で生産能力・消費能力が高い人にきてほしい。

都市と農村部によって少子化対策を変えている国があるか。わたしは残念ながら知りません。たぶん、あるんじゃないかとおもいます。昨年末、香川大学で講演した際に、先生方からききました。ブルネイ・ダルサラームと協力して、イスラム文化研究センターをつくろう、というアイデアでした。大変、印象をうけ同感しましたね。総人口の1割ぐらいの移民を受け入れてはどうか、これは私も考えました。
フランス、イギリス、オーストリアは1割前後なんですね。にもかかわらず、フランスでは移民排斥運動が街頭でおこっていますし、イギリスでも一部の移民の中からテロ行為にはしるひとがでました。オーストリアは7・8%ほどですが、それでも国粋主義者の政党が第三等に躍り出ています。じつは東京をみても、外国人の数が総人口の10%を超えた区がふたつあります。新宿区と港区。新宿区はアジア系が、港区は欧米人がおおいですね。港区の場合、この10%の外国人が区の20%の住民税を払っているんです。だから、相当の経済的な貢献をしているわけで、少なくとも地方選挙権を与えないのはおかしいんじゃないか。そんな議論がおきてもおかしくないんです。港区は排斥運動はでていませんが、外国人にたいして冷たい印象をもちます。

なんでなのか。日本人のほとんどが英語ができない、というのが問題だとおもいます。日本の外国語教育というのは色んな点で間違っています。今日もオーストラリアの人と話しました。彼が言うには、「日本人は完璧主義者で、英語で間違いをおこしたくないから、非常にシャイでしゃべりたがらない。それが原因じゃないか?」。私はこう答えました。日本の教育が中途半端なのも原因だ。これから、小学校5年生に英語を教えることになるが、週に1時間しかやらないんだ。また、こうも答えました。英語を教える先生の育成がおくれている。英語を教える先生が自信をもてるように、一年くらい先生を外国に研修にだすべきです。そうでないと、自信のない先生が一週間に一回教えるだけで、小学生が英語をものにできるとはとてもおもえません。下手をすると、英語嫌いの日本人をたくさんだしてしまう。その恐れがある。文科省は問題の本質を心得ていないんではないでしょうか。
私もはじめは英語が嫌いでした。大学2年生で初めて外国人の先生について、はじめは先生のいったことの80%はききとれませんでした。同窓で後に英語学の教授になった人間が本の中でこう書きました。

——新潟の雪深いところから出てきた小和田という男と、秋田の山奥から出てきた明石という男がクラスにいた。二人とも大学に入ったとき、英語の「え」の字もしゃべれなかった。しかし、どうも英語の基礎はしっかり学んできたらしく、その後、超速の進歩を示した

taken by International Court of Justice
小和田というのは、皇太子妃殿下雅子様のお父さん。国際司法裁判所の裁判官をやっていますね。私たちは田舎の人間ですけど、文法など読む力・書く力を身につけてきたんです。多くの日本人がそうだったんじゃないでしょうか。いまは振り子が逆にふれていて、会話ばかりやっている。会話ができてもたいしたことないんです。挨拶したって、仕事の相手と英語で丁々発止やることが大事なのであって、イギリス人やアメリカ人のように発音する必要はない。そんなの、逆立ちしたってできませんから。国連で30年程勤めましたが、歴代の国連代表は皆、お国なまりの英語を堂々と話してました。彼らが話す95%は正しい英語でしたし、周りの人は皆わかっていたわけです。我々はそれぞれの国の「なまり」を誇りにしていいんです。同じ職場であれば、いくつかの共通の単語があれば、なんとかかんとか意思を疎通することは可能です。あとはジェスチャーたっぷりにやってしまえばいいわけで。ある小さな喫茶店に入ったときのこと。その店のおばさんは、外国人がどっと入ってきたときに、8つくらいの単語で注文をとって、ちゃんと支払いをとっていた。たいしたことないんですよ。知っている単語をいくつか繋げればいいんです。なかには、英語で早口に自分の偉いところをみせようとするインド人もたまにいますが、一つか二つ、覚えておいた難しい単語をぶつけてやれば「お、こいつは俺より学があるぞ」とすぐに感心してしまうんです。

語学は大事ですが、語学で遊ぶことも、相手を悩ますことも、殺すことさえできます。そういう意味で語学はある意味で怖いし、便利だし、意思疎通に必要な道具です。語学というのは極めていけばおもしろいもので、もう一つの文化を知る鍵になります。自分の心を豊かにするために、異なる文化に入っていくために、必要不可欠なものになっていきます。二つの言語を中途半端に覚えるよりは、一つの言語をしっかり話せるようになった方が得策だとおもいますね。シャイ=奥深さという日本人の美徳はこのグローバル化のなかでは、悪徳にもなります。もうちょっと熱心にやれば、必ずメキメキと語学の力はつきます。まずはやってみる、当初の段階で恥をかくことを恐れずにやることが大切だとおもいますよ。