情報関係には攻める側と守る側があります。日本が強いのは「守る」方。警察庁、警備隊——どれも一生懸命に怪しいそぶりをする人間をおいかけている、世界でもTOPクラスですね。でも、情報の取得や工作がない。 モサド、CIA、MI6、世界中の「攻める」側の情報関係機関のトップに話をききにいくんですが、おもしろいんですね。こういわれるんです。

「孫崎、第一声がすべてだぞ。おまえがなにを聞くかでおまえの価値がわかるんだから」 

そうやって判断されるんですね、目の前にいる人間がちゃんとintelligenceをもっているかどうか。
 

 informationとintelligenceのちがい——それはなにか。行動するためにあるのものがintelligence。たとえば国際金融をとったとき、株や為替をやっている人間が集める情報は”intelligence”。集めたもので投資をするわけですから。株や為替をやっていない人間が集めたものはただの「information」でしかありません。 「情報」と一口にとっても、攻める側と守る側は求められる哲学も人格もまったくちがいます。攻めるには、相手の懐にとびこむ能力が必要。懐にとびこむには、その相手がなにを一番大切におもっているか理解できるだけの分析、そのための膨大な勉強が必須なんですね。特に歴史。 自然科学であれば、実験をすれば仮説を検証できる。でも人間の行動や社会の動きは検証することができません。歴史は同じ状況とはいえないまでも、近しい状況でどう人間・社会が行動したか近似的な検証結果をみることができるからです。

 
 戦略と戦術のちがいはなにか。

 
戦略

この問題を処理しないと自分のあり方に根本的にダメージがくわわるような事柄について、当事者との関係性の未来とステップをきづいていくこと
 

戦術

自分とは根本的に関係のない事柄について、当事者との関係性の未来とステップをきづいていくこと

 

 戦略をたてるうえで重要なのは、自分の強み弱みを把握したうえで外部環境を徹底的に分析することです。そのためにはなにか出来事に遭遇したらまずは問いと仮定の回答をたてる癖をつける。たてた仮定をもとに情報を収集して主張を形成していく。95%まで主張をかためたら、国レベルであればスパイをいれて、情報を精査していくんですね(※1)。

※1スパイを使う理由は別にもあります。それは、潜入先で反体制の人間が裏切りを考えたときの連絡先の目印として潜入させていました

 尖閣諸島問題について、中国がどんなロジックで領有権を主張しているのか——明・清が統治していたという歴史がある。日本の領有権云々よりもむしろ中国なのか台湾なのか、どちらに属するかが問題である——こんな主張です。 中国のはソ連とも領有権問題がありましたね。ソ連との国境画定までに20年もの対話期間をもうけてことに対処しました。「紛争」という状況をとにかくさけて交渉を続けたんですね。周恩来は「小道をすてて大道を残す」という言葉で表現しています。さて、尖閣諸島問題は小道、大道どっちなのか。 あまり知られていないんですが、2000年に中国と日本は漁業協定という取り決めをしました。それぞれの漁船が協定で設定した域内にはいったら、それぞれの国が責任をもってひきとる。そんな条約があるんですね。でも、この話が表に出てこない。なんででしょうか。そこにはアメリカのメッセージがみえるように私はおもうんですね。

 ‖アメリカのメッセージ

 1)思いやり予算を維持ないし増額

 2)米軍海軍への協力強化

 3)普天間問題の解決

 

 みなさんはどう思われるでしょうか。

 外交の場面において相手と意見が異なったときは妥協点を探りつつも51点をめざす。100点を目指そうとすると、状況要因が変わってきたらどこかでひっくりかえって0点になりかねないですから。妥協点を見いだすためにはやはり相手のことを徹底して知らなければなりませんね。それから自分の考えていることを、相手の価値体系に翻訳すること。「自分はこう思います」「自分はこう考えています」といくらいっても相手はしっくりこないでしょう。「ああ、たしかにそうだ」という発言を相手からひきだすには、相手の状況におきかえて自分の考えていることを話すんですね。 

 ある米軍高官がテポドン発射直後の日本にやってきてこういった。「なんで日本はテポドンが上空をこえただけで大騒ぎしているんだ。いつでも日本にぶちこめる200発以上のノドンがあるじゃないか」さあ、どういって相手から共感を引き出すでしょうか。私の回答はこうでした。——キューバからフロリダ半島をロケット弾が横断したらどう思われますか?それと同じことが日本でおきているんですよと。みなさんならどう相手の価値体系にあわせて説得を試みるでしょうか。